2010年12月12日日曜日

Sympathy

週末に本を三冊買った、2と2/3程を消化した。


読み終えた二冊目は、とても許せない立ち上がりとやるせないエンディングに辟易した。
伊藤プロジェクトのクラヴィス・シェパード大尉の様に躊躇って欲しくなかった。


三冊目は2/3で停めている。そうそうそうなんだと、声に出してしまいそうな想いを
共有し続けていたが、唐突に物語が動き出したからだ。
過っての雪穂と亮司に准えてはいないものの、秋葉のそんな匂い立つような雰囲気に
通奏低音を感じてみたりもする。亮司と渡部がある種の共通項を持つのかどうかは、
残りの1/3次第なのだが、ワタシが共有している程度では凡人風だなと思うが・・・。


一冊目は、何時もの作家が主人公を少し柔に変身させてのリニューアルものなの
かも知れない。長く読み続けていると作家の改行が分かったり、分かっているような
安心感に包まれるときがある。安心感と呼ぶのか、マンネリズムと呼ぶのかは、
次作を待とうと思っている。





スリリングであったり、奥の奥にあるのかも知れない悪意を怖れていたり、
ひょっとしたらそんな非日常な部分を待っているのかも知れない、本にだけ。
まるで、明日の朝刊が休みでほっとしたり、憤ったりしているのに似ている。

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